美月の闘病ブログ

PMS/PMDD/うつ病の闘病ブログです。

イラスト漫画まとめ④PMS/PMDD/うつ病

 

こんにちは^ ^

今日は病院の受診日で、待ち時間があるのでその合間にブログを書こうと思いました。

この後の診察、しっかり本当のことを話してこようと思います!

 

 

「病院での悩み」

私は通院を始めて最初の頃、薬の効果が無くても、調子が悪くても、診察してくれている先生に対してプラスの事を報告しなくては申し訳ない気持ちになっていました。

その為、無意味な通院日が増えてしまい、薬の調整も遅れ…大切な事なのに相手の反応が怖くて嘘をついていました。

その事をTwitterで呟いたら、背中を押される有難いメッセージを頂きました。

勇気を出して次の受診日に、本当のことをメモに書いて、しっかり伝えてみました。

すると主治医は嫌な顔せずに親身になって話を聞いてくれて、帰り道、気持ちが軽くなったのを覚えています。

怖い事も、頑張ってやってみると意外とそんな事なかったり…ってよくありますよね。

あれ以来、私は真実をちゃんと話せるようになりました。

f:id:butamiluku:20191016110426j:image

 

「空っぽの日々」

うつ病になったばかりの私の一日を描いてみました。

こんな風に過ごしているのは私だけかもしれない…そう思って不安でした。

今現在そんな方に伝えたいのは、一人じゃないという事です。

体と心のしたいようにもう嫌だ!と思うまで過ごしてみて下さい。その途中に罪悪感を覚えても無理はしないで休んで下さい。

すると霧が晴れたように、ある日唐突に何かする気持ちになったり、食欲が湧いてきたりします。

今するべき事は薬を飲んで、体と心を休ませる事だと私は思いました。

f:id:butamiluku:20191016110429j:image

 

「言葉の力」

病気になって休んでいれば、良くなるために治療しているのですからそりゃ元気な日も垣間見えてきますよね。

それを見た無知な人は、もうすっかり元気になったんだと勘違いをして、軽々しく無神経な言葉を投げかけてきます。

そして私達は精一杯気にしていない振りをしてその場を穏やかにやり過ごすでしょう…。

でも心にはとてつもなく重たい鉛が溜まっているように、それをきっかけに体調も悪くなります。自分が壊れるまで思い詰めます。

何度も言葉には救われてきました。

でも時として言葉は人をいとも簡単に殺してしまう凶器になるのです。

その相手が病気の人だとしたらそれはもう人殺しと同じだと、私は思っています。

命は想像より簡単に消えてしまうことを忘れないで下さい。

そして、言葉の凶器を受ける方は避難することも大切です。私もそういう人とは関わらないように避けて逃げてきました。

聞いていて、話していて心地の良い言葉を話せる人と関わりましょう。

自分の価値観でしか物を言えない人に、神経を使ってはいけない時が今です。

f:id:butamiluku:20191016110433j:image

 

 

 

先日、私は家族の一人から心ない言葉でとても体調が悪くなってしまいました。

最近は夜眠れていたのに、不眠になってしまうくらい私にはダメージが大きかったです。

その人とは関わらないように、距離を取るつもりです。

家族であっても、理解は難しい。

これが現実なんだ、自分が逃げるしかない、そう悟りました。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

 

Twitterの方ではもっと漫画も進んでいますので、どうぞよろしくお願い致します。

 

 

◼︎美月/Twitter

pms_pmdd00

イラスト漫画まとめ③PMS/PMDD/うつ病

 

こんばんは。

昨日今日と台風の被害が大きいですが、皆様の無事を心から願っております。

 

今回もまたイラスト漫画を添えてブログを書いていきたいと思います。

 

「感情の爆破、自己嫌悪」

一時期の私は、まるで反抗期の子どもの様でした。

思い通りにならない事や、気に入らない事があるとすぐ傷つきました。

それを誤魔化す為に、悲しみを怒りに変換して爆発させ、それを周りの人や物、そして最終的には自己嫌悪して自分に当たり散らしていました。

この頃が一番荒れていたのは、きっと体に合う薬が中々見つからない時期だったので、焦りや不安を感じていたのかもしれません。

同時に病気の自分なら、死んだ方がマシだとさえ思っていました。

今でも思い返したくない。戻りたくない。壮絶な記憶です。

f:id:butamiluku:20191013022014j:image

 

「もう一つの病気」

あまりの私の変貌ぶりに、私も家族も恋人も戸惑いました。

そのうち部屋から出なくなり、大切な人が離れていく感じがしました。

怖くなり、私は現状を病院で相談。

するとそこには法則がありました。

生理周期に差し掛かると病状が酷くなるという事です。

診察の結果〝月経前不快気分障害〟だと判明しました。通称〝PMDD〟と呼ばれるものです。

この日から私は、うつ病PMDDの治療をはじめました。

漢方薬が増えたくらいですが、気持ち的に少し楽になったのを覚えています。

私がおかしいんだと考えていたので、これも病気なのだと思える事が救いでした。

f:id:butamiluku:20191013015953j:image

 

薬物療法の偏見」

うつ病に限らず、病気の方の不調には低気圧や季節が関係している事が多いです。

そこで必要になってくるのは薬。

知識の無い人からは、私たちの命綱である薬に対して偏見を持たれます。

確かに合わない人には毒でしょう。

実際、断薬して治った方もいらっしゃいます。

ただ大半は薬を飲んで治す。

これが基本なのです。

副作用もあるけれど、それ以上の効果を求めて飲むのです。

なので、無知な偏見で人の希望を踏みにじらないで!とよく思っていました。

今現在、薬も減り体調が良くなってきた私自身がいます。

自分のことをよく知っているのは自分。

自分を信じましょう。

f:id:butamiluku:20191013015956j:image

 

 

病気が原因で自分が自分でなくなる。

でも本質は変わっていないと思うのです。

どんな自分になっても、結局は自分自身なのだから自分が決めたことを信じていいと思っています。

病気について理解も深まれば、他人との距離の取り方も分かってきます。

薬もなかなか合わないと、途方に暮れますが必ずあなたに合った治療法はあります。

それを見つける冒険だと思って、自分の心に耳をすませてあげて下さい。

責めてばかりではなく、向き合って自分の話を聞く感覚です。

 

いつか必ずふっと暗闇から抜けられる時がきます。

また暗闇に戻ってしまっても、一度見えた光はまた見えます。

 

私はそう信じてこれからも治療していきたいと、そう思います。

 

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

Twitterの方もよろしくお願い致します😌

 

 

◼︎美月/Twitter

pms_pmdd00

イラスト漫画まとめ②PMS/PMDD/うつ病

 

今回は前回に引き続き、イラストで私の経験をまとめました。

最後までお付き合い頂けましたら幸いです。

 

「働かない=休むではない」

病気で休職したのなら休まないといけない期間になります。

それなのに頭の中では仕事の事や、社会の事をぐるぐる考えて気にしてその歯車から外れた自分を卑下して、夜も眠れない日が続きました。

ちゃんと生きられない自分が嫌いになる日々。

でもそれでは病気は悪くなるばかりです。

働けない自分、病気になった自分、うまく生活できない自分…全ての自分を1秒だけでも1分だけでも許す練習をしましょう。

自分を肯定する事、現実を受け入れることが寛解への大きな一歩に繋がります。

f:id:butamiluku:20191006031531j:image

 

「失ってはじめて気がつくこと」

夜眠る、朝起きる、着替える、食事をする、お風呂に入る、趣味に没頭する…

健康な時なら難なくこなせていた事が、病気になった途端好きなことさえも手につかなくなってしまいます。

趣味に興味が湧かないのは本当にショックでした。

このまま一生何もできないのでは?と恐怖すら覚えます。

人として生きていく自信も無くなります。

でも、出来ないのは休めという脳からの信号。

だからそんな時は本能に従ってみると、ふとした瞬間に出来るようになったりします。

焦らず、その時を気ままに待ちましょう。
f:id:butamiluku:20191006031535j:image

 

「自分らしく居られる場所」

本来の自分ではなく、今の自分らしく居られる場所を探しましょう。

私は家族や友人、恋人にも相手の反応が怖くて本音が言えない時期がありました。

毎日一人で膝を抱えて泣いていました。

最初にはじめた居場所作りは日記でした。

そこから、誰か同じような経験をしている人と繋がりたい…私の経験が誰かの役に立たないかな…と何となくSNSをはじめました。

辛い時も、嬉しい時も発信しました。

そこでは同じ病気を経験した方がいつもあたたかいメッセージをくれます。

そうすると、自分の心の拠り所が出来たようで少し生きやすくなりました。
f:id:butamiluku:20191006031540j:image

 

 

自分を嫌いになった末に病気になった私は、とにかく自分を認めることを今でも意識しています。

まだ正直言って自分のことは嫌いです。

でも大嫌いから嫌いくらいにはなれたかな、と感じています。

意識するだけで、少しずつ変わっていける気がしています。

次は嫌いから普通になる為に、色んなことを意識してみようと思います!

 

最後までお付き合い下さり、ありがとうございました😊

 

 

◼︎美月/Twitter

pms_pmdd00

 

 

 

 

闘病ブログ/美月

自分で治すしかない…PMS/PMDD/うつ病

 

こんばんは🌙

夜遅くに更新失礼致します。

 

SNSで吐き出そうと思ったのですが、収まりきらないのでブログで書きたい事があります。

私個人の意見なので、こういう事もあるのかと読み流して下されば幸いです。

 

先日、病院を受診してきました。

いつも変な気を使って、よく主治医に強がりな発言ばかりし、事実を言えない事が多々あるのですが今回は全て本当のことを、ありのままの私について話しました。

f:id:butamiluku:20191005011938j:image

 

睡眠薬が合わなかったこと

・気分の波が激しいこと

・体調の波が激しいこと

・社会復帰がうまく出来ないこと

・睡眠がうまく取れないこと

 

大体こんな感じの事でした。

私的には、半年前くらいに波が激しいのはうつ病が良くなってきている証拠だと主治医に言われていたので、もしかして良くなってきてるから体調がころころ変わるのかな?と思っていました。

辛いスパンが短くなって、元気なスパンもまた短いが現れた為に、うつが改善してきたのかもしれないと淡い期待を抱いていました。

 

ですが、主治医から出た言葉は「あなたは躁鬱寄りの傾向があるから、あまり薬で刺激する事も出来ないし、睡眠薬はやめて、躁鬱の人でも飲める安定剤を出します」との事でした。

 

躁鬱寄りって何?うつ病じゃないってこと?

一年間ずっとうつ病だって診断を受けていたのに?治ってきてるんじゃないの?私は一体今どういう状況なの?

 

そんな風に混乱してしまい、頭が真っ白になってしまいました。

なんだか元気な瞬間がある事は良い事なのに、それすら病気だ!と否定されている気持ちになりました。

あの時に、躁鬱寄りってことは私はうつ病では無いんですか?と聞ければ良かったのに…と後悔しています。

 

私の体質的に薬を飲むと、思考が鈍って自殺未遂になんの躊躇もなく走ったりしてしまう傾向があるので、薬物療法は控えるように言われました。

今は漢方薬と、効き目の強くない安定剤のみです。

社会復帰についても、私は環境の変化に弱いからそのストレスで前日に体調を崩してしまうのではないかと言われました。

新しい環境に強くは無いけれど、今まで色んなアルバイトをしてきたのに…と落ち込みました。

自分は一体、この一年間何してきたんだろうと思ってしまいました。

薬を一年近く飲み続けて、合わないからとバッサリ切り捨てられ、社会復帰については私の気持ちの問題で、うつ病だと言われ続けたら躁鬱よりだと言われ…もう良く分かりません。

〝病院〟って行けば良くなっていく場所だと思っていましたが、振り回される事もあるんだなと再認識しました。

病気になってある程度の時間が経ったら、結局は自分の気持ち次第なのかもしれません。

 

でも治りかけって、どんな病気でも一番肝心な時期だと思うのです。

お医者さんの仰ることは専門的で、教科書通りの正論です。それに安堵できる事も事実です。でも間違いも時々あります。

最終的に信じられる確かな情報は自分の中にしかないのかもしれません…。

 

自分の病気の症状については、自分の中で解決できる事では無いので次の診察日に話をしてこようと思います。

 

病名なんて何でも良いのです。

ただ治ってきてると思っていたのに、それすら病気の症状だと医師に言われるのはショックが大きかったです…。

頑なにでも、治ってきてるんだと信じたいです。

 

自分は甘いのかもしれません。

頑張れば働けるし、気持ちの問題で治るんじゃない?と言われている気持ちになってしまいましたが、それがまた普通じゃないのでしょうね。

気にしないのは難しいですが、人の言葉よりまずは自分を信じようと思います。

大丈夫と唱えて、今自分が元気になる為にするべき事は何か考えて行動しようと思いました。

 

最期に自分を治すのは自分の自分に対する気持ちなんだと思います。

 

病気になったのは、自分を嫌いになったからでした。自己嫌悪ばかりで、悪いのは全て自分だと反省ばかりしてました。

でも、健康だった頃の自分は少なからず自信があって、自分を肯定できる部分を持っていました。

またその頃の気持ちを一つずつ取り戻したいです。

 

今日より明日、明日より明後日…

 

時が経つのは怖いですが、未来に期待していたいです。

 

 

自分を前向きにさせる為の自己満足ブログになってしまいました。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。 

 

 

◼︎美月/Twitter

pms_pmdd00

 

 

 

 

闘病ブログ/美月

 

イラスト漫画まとめ①PMS/PMDD/うつ病

 

こんにちは^_^

今回は私がPMSPMDDうつ病になって感じた事や、体験したことを簡単にイラストでまとめてみました。

 

こんな人もいるのか〜

 

自分だけじゃないんだ!

 

こんな事あったな

 

そんな風に気楽に、片手間に読んでいただけたら幸いです。

 

うつ病になるまで」

私の場合は新卒としての入社が病気を引き起こすきっかけでした。

思い返すと、会社はとても良い所で、上司にも恵まれていましたし、自分の好きな世界なはずでした。

ただ私に足りなかったのは今までの人生で身につけてこれなかった〝人に相談すること〟です。全部自分の中で考えて悩み、結果自分を追い込む形でしか物事を整理できませんでした。

f:id:butamiluku:20191002235116j:image
f:id:butamiluku:20191002235113j:image

 

「病院へ行く勇気」

はじめのうち、自分の異変には気が付いているのに周りの言う事を聞かずに否定し続けていました。自分は今まで通りで、まだ働けるし頑張れる…そう信じていたかったのです。

そんな私を母は寄り添うようにして病院へ連れて行ってくれました。今では本当に感謝の気持ちしかありません。

病院に行ってしまえば、その先には新しい道がありました。

真実を受け入れることで、安心することもできます。

f:id:butamiluku:20191002235528j:image

 

「求めてはいけない」

治療を始めて、薬の副作用や病気の症状で何もかも上手くいかない時期が長くありました。

そんな時の私は周りの人に…どうして分かってくれないの!?と頭ごなしに怒ったり、泣き喚いたり、また一人で抱え込むばかりでした。

でも、そんな苦しみは病気になった人にしか分かりません。押し付けたって無意味です。

だからせめて、今の自分がどんな気持ちで何が辛いのか言葉にするだけで、周囲の人との距離が変わっていきました。

気持ちを言葉にする…難しいし、勇気が必要。

でも、何より大切な事だと今は思います。

f:id:butamiluku:20191002235851j:image

 

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

また次回、続きをまとめたいと思います。

twitterではもう少し先まで公開しておりますので、そちらもよろしくお願い致します。

 

 

◼︎美月/Twitter

pms_pmdd00

 

 

 

 

闘病ブログ/美月

 

 

リワークの失敗、そして厳しい入院生活。PMS/PMDD/うつ病

 

皆さんお久しぶりです。

この長い期間に色々な事が起こり、ブログを書く余裕が無く途切れてしまい申し訳ございません。

またこのブログを見つけて下さり、ありがとうございます。

 

私は今年の春、リワークの体験を始めました。ですが、まだ精神状態が安定していなかったのかその生活、環境の変化は悪い刺激となってしまいました。

スタッフさんや、リワークでリハビリされている方々はとてもあたたかく優しい方ばかりでした。ただ会社のような空間、システムに入社当時の光景がフラッシュバックしてしまいました。

意気込み、これで一歩踏み出せた!と思っていた私はそんな事で挫けた自分にショックと怒り、そして周囲の方々への申し訳なさや罪悪感、情けなさに押し潰されてしまったのです。

一先ず、リワークへ連絡をして体験を停止してもらいました。

後日、今までに無い程の希死念慮が押し寄せてきたのです。

 

※ここからは気持ちを悪くさせてしまう可能性がありますので、苦手な方はお控えください。

 

まず、一人になる夜がひどく恐ろしく不眠になりました。不安な気持ちに耐えられず、睡眠薬と頓服薬を飲むのですが、効き目を感じられず一つ、また一つと数を増やしていき指定された数以上の薬を飲んでいました。

そうすると、その時の辛い気持ちを忘れ記憶を失い気がついたら朝になるので、私は逃げるように薬を飲み続けました。

その内、それだけでは希死念慮が抑えられなくなり沢山の薬とお酒を飲み、リストカットと呼ばれる自傷行為を繰り返しました。

今思えばかなり危険な行為です。

記憶を失うという異常も起こり、痛みも感じず、意識は朦朧としていて、力加減も分かりません。

そんな私を母は見逃しませんでした。

朝目覚めると、記憶にない手首の包帯に胸が痛くなったことを覚えています。

そんな行為を見兼ねた母は私と病院で診察を受けました。

 

〝この行為をやめられなければ入院するしかない〟  

 

そうお医者様から助言をもらい、私は金銭面的にも、入院にも抵抗があったので、我慢する事に必死になりました。

ですが、3日も経たず私の意思は崩れお酒と薬に手を出しました。

母にバレて止められると、こっそり夜中にコンビニへ行きお酒を買ったり、怒り狂ったりと、最早アル中の一歩手前でした。

希死念慮に抗えず、お酒と薬に依存をしている…その事実すら受け入れたくありませんでした。ですが、現実に目を背けることも出来ませんでした。

普通になりたい、変わりたい…その一心で私は家族とお医者様と相談し、精神病棟に入院することを決めました。

 

入院先の病院へは見学に行き、印象が良い所を決めたつもりでした。

ですが当日担当となった先生は、冷たく淡々としていた印象で診察もうつ病なのに、双極性障害と誤診を受け、私には合わない薬を出されました。

私は何の説明も受けなかった為に、何の疑いもなく毎回出される薬を飲み続けました。

入院した部屋は、見学させてもらった穏やかな病室ではありませんでした。

そこは閉鎖病棟の〝保護室〟と呼ばれる場所です。

簡単に説明をすると、隔離されるような個室でナースコールも無く、こちらからは開けられないようドアノブの無い扉、ベッドのすぐ横にはトイレがあり、窓はあるものの葉が生い茂っていて外の景色は見られません。

四六時中、部屋の外からは色んな患者さんの叫び声やドアを叩く音、歌声なんかも聴こえてきました。

言葉は良く無いかもしれませんが、まるで牢獄のようでした。

両親に電話をすることも許されず、人間扱いされない環境に私の精神はおかしくなっていきました。

私物もほとんど取り上げられてしまったので24時間する事と言えば、運ばれてきたご飯を食べるか、寝るか、許された数少ない私物の本を読むかでした。

お菓子なんかも持ち込みは許されていましたが食欲も減退し、食事も喉を通りませんでした。

 

私は想像以上の苦しい入院生活に、こんなに涙って出るの!?と驚いてしまうほどに、毎日泣いていました。

寝る前も、朝起きてからも、ご飯を食べている最中もしきりに涙が出てくるのです。

浮かんできたのは、家族と過ごす平凡な日々や、彼とデートした楽しい思い出、そして私がしてきた自傷行為の数々の重大さです。

私はこんな部屋に入れられてしまう程に酷い行為をしていたのか…とそこでやっと自分のしてきた事の大きさに気付いたのです。

 

数日経って母がお見舞いに来てくれた時には「お願い、家に帰して!もう絶対自傷行為なんかしない、お酒も飲まない!帰りたい!これ以上ここにいたらおかしくなる。」と泣いて縋りました。1分でも1秒でもそこに居たく無かったのです。頭がおかしくなる寸前のように感じていました。

母がお医者様と相談をして、今後私がする行為の責任を全て負うと同時に、また入院する時は救急での入院は出来ないので順番を待つという条件で、私はその日、退院しました。

 

久しぶりに家に帰った私は、本当に病院の外の世界が愛おしくて仕方ない程で、やっと息ができたとういう感覚に陥るくらいの感動を覚えました。

あそこに居なくていいのなら、どんなに強い希死念慮が来たって自傷行為なんて我慢してやると、そう強く決心しました。

 

あれからもう数ヶ月が経ちますが、退院してから私は自傷行為を一切していません。

したいとも思わなくなりました。

極端ではありますが、あの頃の体験がトラウマになり、お酒も飲めなくなりました…。

今でも希死念慮はやってきますし、心身共に不具合も多いです。

でも、それでもあの入院生活をきっかけにかなり私は良くなりました。

 

後々、いつも通っている病院の主治医から聞いたのですが、荒治療ではあるが私がこうなる事を計算して入院させたそうです。

もう主治医には本当に頭が上がりません…。

誤診についてはやはり誤診だったようで、飲んでいた薬も誤っていた為、身体から薬を抜くためにしばらく断薬を続けました。

離脱症状が酷く、1ヶ月近く苦しみましたが今は漢方と睡眠導入剤のみの治療でなんとか過ごしています。

 

私は自分を傷つけることは、大切な人も傷つけることなんだと学び、日々の生活の有り難みを今も噛み締めて生きています。

 

まだ乗り換えるべき問題は多いですが、ゆっくり少しずつでも変わっていけるよう頑張りたいです。

 

閉鎖病棟に悪い印象ばかり覚えてしまいましたが、ただあそこに入院している患者さんたちは良い方ばかりでした。

私が保護室の扉を解放される時間に、少しおしゃべりした優しいおばさんが居ました。

大広間で一人泣きそうになっていた私にいつも気がついて声をかけてくれました。

「おばさんでも寂しいんだもん。まだ若いんだから寂しいのは当たり前よね」

「可愛いね。おばさん可愛い子は見ればちゃんと分かるのよ」

そんな優しい言葉を掛けてくれて、その瞬間だけは生きた心地を感じ救われていました…。

退院する時にも偶然お会いしたのですが「あなたみたいな良い子、こんな所に居たら駄目よ。退院おめでとう」と言ってくれたこと、今でもこれからもずっと忘れません。

 

入院されている方々は、心ある人間です。

どうか、少しでもあの空間が穏やかなものに改善される事を願い、心優しい患者さん方が一刻も早く退院して、いつもの生活を送れる事を願います。

 

苦しい事の方が多い時間で、トラウマになったことも事実ですが、私は入院してよかったと思っています。

あの時の私はそうでもしないと、自分のしている事への責任感が皆無でした。

これからはもっと、自分の行動を客観視して、周囲の環境に感謝して、生き方を改めたいと思いました。

 

長い話にお付き合い下さった皆様に感謝致します。

不快にさせてしまったら、申し訳ございません。

次のブログからは、イラスト漫画を交えて投稿していきたいと思います!

またこのブログが目に留まった時はよろしくお願い致します。

 

 

◼︎美月/Twitter

pms_pmdd00

 

 

 

 

闘病ブログ/美月

焦りと不安そして嫉妬。PMS/PMDD/うつ病

 

お久しぶりです😌

最近、私は同級生や彼、家族を横目に焦りと不安そして嫉妬を抱きはじめました。

この思いのやり場に困り、ブログで話させて頂きたいと思いました。

 

今の私は、連日続けて動く体力もなく、アクティブに動いた次の日は決まって起き上がれなくなるほど疲れてしまいます。それでもリワーク の体験には通おうと思っております。

私生活もしっかりリズムを整えて、緩やかな運動を出来る時にしてみたりという生活を送っています。

〝その時の私に出来ることをやる〟を頭の隅に置いて常日頃生活しております。

 

友人には病気の事を話せない友達ばかりで、自ら関係を断ち切ってしまいました。その中でも唯一話せる友人一人だけが居てくれます。

それからお付き合いをしている彼も居ますが、彼は自分の人生設計を会う度に話してきます。私は頷いて聞くことしかできません。だって何もしていない私がなんのアドバイスもできません。でもその彼の話すら負担に感じてしまう自分が嫌になってきた今日この頃です。

応援すればいいだけの話です。

それなのに私は、捻くれ嫉妬をし相手に対して冷たい態度をとって突き放してしまうのです。

素直に『置いていかれるのが怖い』とそう伝えれば良かったのでしょうか?

そんな事も言えず、ただ冷たく突き放すことが私の精一杯でした。

こんな捻くれ者の邪魔者は、彼の目の前から消えてしまった方が彼の為になる。

そうすれば私は一人で私の事に専念できるかもしれない。

そんな自分勝手な考えも過ぎります。

 

どうしたらいいか分からないまま…結局時間だけがまた過ぎていくのでしょうね。

私はいつだって彼の事を応援してあげられる余裕が無い。いつだって嫉妬や焦りが勝ってしまうのです。私に自信がないから。

だったら自分に自信をつければいいじゃんと思いますよね。

 

こんな私でも毎日褒め療法だってやっています。軽い運動も、食事改善も、マッサージだって…それなのに何も変わりません。

結局は性格に問題があるのだと感じました。

 

・ネガティブ

・自分を責める事で自分が許された気になる

希死念慮の強さ

・気持ちのやり場がなく自称行為をする

・死にたいけど死ねないからODをする

・出来ない自分を許せない

・全部自分が悪いと思う

・完璧に出来なきゃ意味がないと思ってしまう

 

性格って変えられるものなのでしょうか?

私はいろんな人の影響を受けながら変わっていくものだと実感しています。

だからこそ、いろんな人と私は関わらなきゃいけないんだとそう思いました。

 

その結果選んだ道はリワーク でした。

まずは体験からですが、早急に行動に移したいと思っております。

 

今の自分を変えたい…ただその一心で今の私は生きています。

 

情緒不安定でネガツイ多めな私ですが、Twitterの方もよろしくお願いします🍀

 

◼︎美月/Twitter

pms_pmdd00

 

 

 

 

闘病ブログ/美月